となりの障害-難聴になって①

2016.01.27 13:58|情報
以下、毎日新聞 より引用

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◇なぜ気付かない?

「こんなにひどくなるまで、なぜ連れてこなかったんですか。お母さんなら、この音に気付くでしょう」
東京都内の主婦、成宮智子さん(48)は今でも、約20年前の場面を思い出す時がある。
当時、幼児だった長男の胸からぜんそく患者特有の「ヒューヒュー」という音が出ていた。
補聴器をつけていてもその音が聞こえなかった。何気ない医師の言葉が、いくつも胸に刺さった。

成宮さんは3歳の時、はしかが原因で難聴になった。聞きづらいと感じたのは、幼稚園の頃。
先生から呼ばれていることが分からず、「返事をしない」とよく注意された。
本当ははっきり聞こえないのに――。先生に注意されてばかりでこわくて、自分が悪いと思い親に言えなかった。
相手の口の動きを見て、話の内容を推測し、みんなに合わせて笑いごまかしてきた。

難聴をはっきりと自覚し、周囲に打ち明けたのは小学2年生の時だ。
読み上げる言葉を漢字で書くテストで全く聞き取れず、「もう限界だ」と悟った。
家族は智子さんの難聴をようやく知った。

23歳で結婚し、2児の母になった。乳幼児期は数時間ごとの夜泣き。
就寝時は鳴き声を聞き漏らすまいと、雑音も拾ってしまう補聴器をつけ、音量を全開にした。

「言っても仕方ない」と思い、できるだけ難聴を隠してきた。
保護者会、電話連絡、卒業式……。ささいな会話にも神経を使った。
「子育て中は、毎日へとへとだった」

しかし、40歳の時転機が訪れる。
手話サークルに入り、自分以外の難聴者に初めて出会って励まされた。
「難聴を隠さなくていいんだ」

その後、難聴者として外資系の会社2社に就職。
社内研修で、「障害者が、職場で理解してもらえるために自分自身から何を伝えていけばいいか」について学び、
難聴を隠さなくなった。
「人とのコミュニケーションは、まだまだ難しいと感じるが、少しずつ前向きになっている」という。


【②に続く】
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