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聞こえない世界で/2

2018.02.02 10:53|情報
以下、毎日新聞 より引用

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◆高校卒業後に手話学ぶ 母語で会話する喜び

3歳で失聴し、難聴学級で口話教育を受けて育った嘉田眞典さん(53)=三田市ゆりのき台=が
手話を使うようになったのは、高校卒業後のことだ。
当時住んでいた尼崎市のろうあ協会に入り、ろう者たちが手話で会話する中に、初めて加わった。
就職した大阪市の機械メーカーの工場でも、従業員に手話を使うろう者がいた。
ろう者とやりとりする中で、1年ほどで自然と手話が身についた。
「誰かと話す時に、書かなくても良い。スムーズに思うことを伝えられるのが、すごくうれしかった」

口話法や筆談で日本語のコミュニケーションをすることに苦労した嘉田さんにとって、
手話を覚えたことは、自分の母語を獲得した喜びでもあった。

聞こえない人が手話を獲得することは、人格形成にも影響する。
手話カウンセラーなどの活動をする神戸大の河崎佳子教授(臨床心理学)は、
「聴覚障害者は音声言語のコミュニケーションで『全部分かる』という経験をしていないことが多い。
 自分が何者かを理解して語る、ということが難しく、アイデンティティー形成に関わる」と指摘する。
そして、聴覚障害者の手話との出会いについて「誰もがチャンスを持てるようにするべきだ」とその重要性を強調する。

手話という母語を獲得した嘉田さんは、ろう者の社会に入り込んでいく。
機械工場で働きながら、尼崎市のろうあ協会員として、メンバー募集や親睦会の開催などの交流を進めた。
家族や親戚と集まっても「会話に入れず寂しかった」
年末年始は、ろう者の友人たちと初詣に行ったり初日の出を見たりして過ごすようになった。
1991年、県聴覚障害者協会の専従職員に転職した。

家族で三田市に引っ越した後の冬のある朝。大きな揺れで目が覚めた。95年1月17日のことだ。
自宅は停電せず、テレビもついた。京都などの地震被害はテレビで知ったが、神戸の状況が分からなかった。
協会の職員に連絡してもファクスがつながらない。「いったいどうなっているんだろう」。胸騒ぎがした。

◇日本語完全理解、口話法では困難

聴覚障害者の日本語理解を巡っては、聞こえない度合いや、失聴の時期によって、
理解の程度にばらつきがあると専門家は指摘する。
神戸大の河崎佳子教授によると、幼少期に失聴した場合でも、2、3歳ごろまでに聞こえた経験があると、
先天性の失聴者よりも日本語を理解しやすいことがあるという。
「口話法中心の教育現場では、先天性の失聴者の抱えるハンディキャップは大きい」と話す。

他方、より軽度の難聴者で「手話は必要ない」という人も、
日本語をうまく聞き取れずに誤解したままコミュニケーションをとって傷付くことがある。

いずれの場合でも、聴覚障害者にとって日本語を口話で完全に理解することは難しいといい、
河崎教授は聴覚障害者が幼少期に、日本語や口話法だけでなく、手話に触れる重要性を強調する。
「日本手話を学ぶ機会を保障した上で、日本語や日本語対応手話を学ぶことが大切だ」と提言する。

■ことば

「日本手話」と「日本語対応手話」

日本の場合、大きく分けて手話は2通りある。
多くのろう者にとって第1言語となる「日本手話」は、
日本語とは異なる独自の体系を持つ言語で、眉や唇の動きなど表情も使って表現する。
これに対して「日本語対応手話」は、
日本語の語順に合わせて、単語を手話に置き換える。
兵庫教育大の鳥越隆士教授(心理学)によると、
日本手話を含む手話は日本語と同じ文法に基づくといった誤解が健聴者の間にある。
手話は世界共通という誤解もあるが、手話は国や地域で異なり、
同じ表現の手話単語が地域によって違う意味になることもある。
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