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聞こえない世界で/4

2018.02.07 12:07|情報
以下、毎日新聞 より引用

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◆健聴者との橋渡し施設を開所 夢は手話の普及

阪神大震災(1995年)時に孤立した聴覚障害者の救援活動に奔走した、
ろう者の嘉田眞典さん(53)=三田市ゆりのき台=は96年、県聴覚障害者協会の事務局長に就任した。
「震災で聴覚障害者への理解が不十分だと分かった。行政や市民に、積極的に働きかけて理解を広めないといけない」。
日本語のコミュニケーションが困難な人も少なくない聴覚障害者。
嘉田さんが中心になって取り組んだのが、聴覚障害者向けの情報の提供や
健聴者と聴覚障害者との橋渡しをする施設の設立だった。

県内の聴覚障害者団体や支援団体で設立委員会を2001年に組織。
建設に向けて街頭に立って協力を呼びかけ、募金活動も展開。
4年間の活動の末、手話通訳者の養成・派遣や、聴覚障害者の生活相談や情報提供などをする
「聴覚障害者情報センター」が県立施設として神戸市灘区に開所した。嘉田さんはセンター長に就いた。
県が関わることで、財政面や人材面でより幅広い事業ができるようになった。

聴覚障害者に対応した特別養護老人ホームが06年に淡路島に開かれるなど、
聴覚障害者たちの活動が次々と実を結び始めていた。
それは震災の苦い経験がもたらしたものでもあった。嘉田さんは実感を込める。
「震災が明らかにしたのは、震災前の日常から、
 多くの聴覚障害者が近所の人との付き合いが少なく、孤立していたということです」。
だからこそ、日ごろから聴覚障害者の理解を広める必要があった。

ただ、震災から10年以上が過ぎた当時、被災した聴覚障害者の高齢化や、震災体験の風化も進んでいた。
情報センターは震災後15年に合わせ、ろう者たちが震災体験を手話で語った様子を映像で記録したDVDを制作した。
嘉田さんは「(視覚言語の)手話は、身ぶり手ぶりや表情で表現するから、映像で見てほしかった」と振り返る。
DVDは全国の聴覚障害者団体などに配布。健聴者向けに字幕も付けた。

阪神大震災の教訓は、その後の震災救援に生かされている。
阪神大震災時に聴覚障害者らが県に働きかけた全国への手話通訳士の派遣要請は、
東日本大震災(11年)や熊本地震(16年)で厚生労働省を通じて実現した。
他方、避難所などでの聴覚障害者の孤立や情報不足は、同じことも繰り返されたという。
各地で震災経験を講演している嘉田さんは、
「以前に比べれば、スマートフォンの普及などで聴覚障害者への情報提供の方法は増えた。
 ただ、聴覚障害者には読み書きが苦手な人もいる。聞こえない人の特性の理解をもっと広げることが課題」と話す。

17年4月に情報センターから県聴覚障害者協会に戻り、現在はろう者の妻、健聴者の母、子2人と共に暮らす嘉田さん。
子どもたちとも手話で話す。近所の人にも聞こえないことは知られ、すれ違う時に手話であいさつしてくれる人もいる。
「若い時には音を聞きたいと思ったことがある。でも今はあまり思いません。聞こえないなりに、楽しむことができるから」

嘉田さんにはこんな夢がある。
「健聴者の方に手話を広めたい。聴覚障害者が地元で普通にあいさつし、誰かとつながる。
 自分の言語で話したい時に話せる相手がいる。そういう場所が、たくさんできるようにしたいです」。
まだ道半ばだ。
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